ラファンはとぼとぼと家への帰り夜道を歩いていました。
なぜなら、今日はやる事なす事まったくといって悪い方ばかりゆく一日だったのです。
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら、いつもの樹齢300年を越す樅の木あたりをさしかかったその時です。
なにやら奇妙な音が体の中から聞こえてくるのです。
それは聞き覚えのあるようでいて、思いだせない、古めかしい懐かしいような音色です。
それがポケットに入れていたスマートフォンからだと気づくのには少し時間がかかりました。
なぜなら、体の中から湧いてくる様な不思議な感覚だったのですから。
スマートフォンを取り出して見てみるとこんなメッセージが点滅していました。
『体がお疲れな方も、心がお疲れな方も、どうぞ、おとぎの世界へおいで下さい。
料金はいっさいいただきません。無料でございます。
ここにある『おとぎの扉』をクリックしていただくだけで、もうそこは おとぎの世界です。
出口から戻るには呪文が必要ですがそれはまたおとぎの世界の中からお知らせします。
良き おとぎの世界をお楽しみ下さい。
ラファンは少々うさん臭い『悪徳商品へ導く勧誘のたぐい』かと思いました。
が、次の瞬間です。指が尺取り虫の様に勝ってに動きだすではありませんか。
例の音色がまた体の中からわき上がってきます。
ほんの2・3秒の出来事です。クリックは押されました。いや、押されてしまいました。
そして、次のプレビュー画面はありませんでした。
どのくらいの時間がたったのだろうか?
数秒?、数分?、数時間?数日間?
僕は、まったく見なれない景色の中にぽつんといた。
ここにいる僕と、スマートフォーンを見ていた僕の間の記憶が
抜け落ちているのだ。
例のおとぎの世界に入ったということなのだろうか?
それにしても、このバーチャルの世界の仕組みは
どうなっているのだろう?僕の周りにある木々や
遠くに見える山々は生きているそのものに感じられる。
生きている空気の肌触りと匂いがするのだ。
『おーい、ラファン。こっち方まできておくれ』
その声は大きな切り株の方から聞こえてきた。
声の方へ歩み寄ってみると、そこには30センチメートル
ぐらいの見たこともない小さな生き物がいた。
顔がない? いやあるのかもしれないが、それはキノコの
笠のような形で体全体の半分くらいを占めている。
手足、胴体がとてのちいさいのだ。
『あのう、あなたは?……キノコ人間ですか?』
言ってしまった。まずいと思った。
後先考えないで、とっさに思ったことを言ってしまう
僕の悪い癖だ。
案の定、相手は黙ってこっちを睨みつけている?かもしれない?
目がついていないのではっきり分からないのだ。
『わしにだって目ぐらいあるぞ』
キノコ人間らしき生物が話しかけた。何で心の中が読まれていまうんだ。
僕の体の中から冷や汗がどっとあふれだした。
僕は夢をみている中でのことなのだけど、よくあせったり、怖かったり、困ったり、はずかしいと思ったりの陰の感情を抱くことがある。
もちろん、気持ち晴れやかな感じや、心地よいやすらぎや、うれしくてウキウキするような感覚もあるけれど、夢の記憶として留めているのはやはり、陰の感情の方が多い気がする。印象的で記憶として残るのだ。
僕は夢を見ているのかもしれない。漠然とそう思った、
なぜそう思ったかは、今までも何回かそういう経験があったからだ。
ここは、夢の中だと確信して、いろんな事を実験してみようとしているうちに
決まって、いつも目がさめてしまうのだ。
夢の中ではなかった。
確かに頭の中が混乱しているけれど、今言えることは、夢以外の何かということだ。
説明なんてできないけれど、僕には分かるのだ。
『あのう、ここは おとぎの世界なのですか? バーチャルワールド4Dアプリか?、もしくは何かのサイトから間違って入ってきてしまったのかもしれないのですが?』
僕はおそるおそるキノコ人間に話しかけた。
『確かにここは、おとぎの世界。しかしアプリだのサイトだの知らんが、そんなものとは無縁の世界。
こころの底からやすらぎと喜びと悲しみと試練をあたえるところじゃ。』
『ええー、やすらぎと喜びとはいいけれど、悲しみと試練だって!、そんなことは書いてありませんでしたよ。』
『よく聞きなさい、ここは心の中の鏡のような世界じゃ。この世界は人を勧誘したり、無理やりつれてこさせたりするようなところではないぞ。』
『ここの世界は体験すべき人々が必然的、運命的に入り込んでしまうと言ったほうがよかろう。
ラファン! 君自身がこの世界を要求しているというあらわれでもあるのじゃよ。』
『ところで、あいさつが遅れたが私の名はキノモコロ。
この世界へ入ってきた全ての生命らへの案内係じゃ。』
僕はキツネにつままれたような感じと言ったらいいのだようか、恐怖を飛び越えておかしくなってきてしまった。
『キノモコロさんよろしくお願いします。では僕はこれからどうしたらいいのですか?』
『ラファン、それは君が考えて決めることじゃ』
『キノモコロさんは今案内してくれると言いませんでしたか?』
『ここはおとぎの世界で。ちがう世界からこの世界に入って来たということを伝えたが?
後はラファン、君自信が行動するのだ。
この世界で色々なことに出くわし、感じることが大切じゃ、思いっきり冒険してみるがいい。
何もしなければ、いつまでもこのままであり続ける。何も変わらないし、元の世界へも帰れない。そういう世界じゃ。』
最初に言っておいたが、ゲームなどではないから、お金や名誉を得るなどという
ことではないので勘違いしないように。そして行く途中には試練や悲しみもあるかもしれない。
しかしそれは喜びや、やすらぎ、達成感をより大きく感じるためのスパイスのようなものじゃ。
恐れてはいけない。』
『それでは、よき おとぎの世界の出発へ』
そうキノモコロさんは僕に微笑みかけて姿を消した。
切り株にはさっきよりも多くのキノコが生えているような気がしたが気のせいかもしれない。
キノモコロさんと話をすることで僕は少し、こころが落ち着いてきた。しかし、これからどうするかだ。
(つづく)